学問のすゝめ

happyさんに、想定外のツッコミを入れられて、「じゃあ、どんな内容なのさ」と確認してみた。
 
「学問のすゝめ」は、1872〜1876年(明治5〜9年)に福沢諭吉が出した、元々、全17編の啓蒙書。
一編一編は短いものの、17編まとめて読むと馬鹿長い。
しかも、明治初期の文書だから、現代では使わない言い回しが多く、文字で読もうとすると読みづらい。しかし、声に出して読むと、音の響きが美しく、音で聞くと何となく意味がわかってくるのは、多分、私も日本人だからだろう。
途中まで読んだだけでも、これが非常に面白い。
「国も人も強い/弱いが当然存在する。しかし、人は生まれながらにして平等なのだから、弱者は勉強して強者に追いつきましょう」という内容っぽい。
「人は生まれながらにして平等なのだから、強者は弱者に救いの手を差し伸べて当然」とは、どこにも書いてない気がする。私の読み込みが足りないのか。
 
学問のすゝめ(世界の古典つまみ食い)
http://www.geocities.jp/hgonzaemon/gakumonosusume.html
 
とりあえず、まだ読みきってないので、最後まで読んだら、このエントリー、差し替えるかも。
 
で、現時点で、ちこっと。

日本とても西洋諸国とても同じ天地の間にありて、同じ日輪に照らされ、同じ月を眺め、海を共にし、空気を共にし、情合相同じき人民なれば、こゝに余るものは彼に渡し、彼に余るものは我に取り、互に相教へ互に相学び、恥ることもなく誇ることもなく、互に便利を達し互に其幸を祈り、天理人道に従て互の交を結び、理のためにはアフリカの黒奴にも恐入り、道のためには英吉利〈イギリス〉、亜米利加〈アメリカ〉の軍艦をも恐れず、国の恥辱とありては日本国中の人民一人も残らず命を棄てゝ国の威光を落さゞるこそ、一国の自由独立と申すべきなり。

私が漢文の授業で今でも覚えてるほどインパクトのあった一節、「道の存するところ、即ち、師の存するところなり」(韓愈の「師説」)、そのまんまどころか、土下座外交もってのほか、って内容じゃん・・・。

 然(しか)るを支那人などの如く、我国より外に国なき如く、外国の人を見ればひとくちに夷狄(いてき)々々と唱へ、四足(よつあし)にてあるく畜類のやうにこれを賎しめこれを嫌らひ、自国の力をも計らずして妄(みだり)に外国人を追払はんとし、却(かへつ)て其夷狄に窘(くるし)めらるゝなどの始末は、実に国の分限を知らず、一人(いちにん)の身の上にて云へば天然の自由を達せずして我儘放蕩に陥る者と云ふべし。

そして、いきなり、一刀両断されている、中国って一体。

 凡そ世の中に無知文盲の民ほど憐むべく亦(また)悪(にく)むべきものはあらず。智恵なきの極(きよく)は恥を知らざるに至り、己が無智を以て貧究に陥り飢寒(きかん)に迫るときは、己が身を罪(つみ)せずして妄に傍の富(とめ)る人を怨み、甚しきは徒党を結び強訴一揆などゝて乱妨(らんばう 略奪)に及ぶことあり。恥を知らざるとや云はん、法を恐れずとや云はん。

・・・馬鹿は危険、と。

斯る愚民を支配するには、迚(とて)も道理を以て諭(さと)すべき方便なければ、唯威(ゐ)を以て畏(おど)すのみ。西洋の諺に愚民の上に苛(から)き政府ありとはこの事なり。こは政府の苛きにあらず、愚民の自(みづ)から招く災(わざはひ)なり。愚民の上に苛き政府あれば、良民の上には良き政府あるの理なり。故に今、我日本国においても此人民ありて此政治あるなり。

馬鹿に対応するには、道理は通じんのだから、威圧しかない、と。
既に、差別はする必要はないが、区別はせにゃならん、と言っていますな。まだ、第一編からしか、引用してないんですが(笑)。