最後は感情論なんだろう

赤ちゃんポストに男児 運用初日、3−4歳ぐらい(産経新聞)

親がさまざまな事情で育てられない新生児を匿名で受け入れようと、熊本市の慈恵病院が設置した国内初の「赤ちゃんポスト」(こうのとりのゆりかご)が運用を始めた今月10日に、3〜4歳ぐらいとみられる男児が預けられ保護されていたことが15日、分かった。男児の健康状態に問題はないもよう。
ポストについては「命を救う取り組み」として評価の声がある一方、「子捨てを助長する」などと批判も根強い。慈恵病院側は「コメントできない」としている。
慈恵病院は熊本県警などに通報。県警は保護責任者遺棄罪に当たらないかなどを調べている。
「ポスト」は病院の新生児相談室を改造し、扉を開けて中の保育器に赤ちゃんを置く仕組みで、扉が開くとブザーが鳴り、病院内のスタッフが駆け付ける。関係者によると男児が預けられたのは10日午後だという。
扉の脇には病院の専門スタッフに悩みなどを相談できるインターホンが備え付けられ、保育器にも「気持ちが変わったら連絡してほしい」などと書かれた手紙が置かれている。

以前にも書いたけど。
私は「それでも」救わなければならないと思う。
 
ただ、結局、「人生に何があったとしても」親に捨てられず、あるいは、子供を捨てたことのない私のコメントには、価値がない。
真に必要/不必要の議論をするのなら、そういう境遇になった人が、再度、事実に向かい合って、コメントを出さなければならないと思う。
 
この辺、理性じゃなくて、感情的な話だと思うから、議論自体が無駄だと考えるけど。
「それでも」ポストは設置すべきではない、という人もいるだろうし。
どうなんだろ。